政治改革は失敗だったのか 佐々木毅、成田憲彦に聞く「政党政治」の行方

最終更新日:2017年9月27日

画像:塩田亮吾

政治改革は失敗だったのか 佐々木毅、成田憲彦に聞く「政党政治」の行方

 安倍晋三首相が、衆議院の解散・総選挙に踏み切る。しかし、記者会見で語られた首相の言葉を聞いてもなお、なぜこの時期に解散なのか、その理由は見えにくい。野党が「森友・加計学園問題の疑惑隠し」などと批判する中、国民の納得を得ることはできるのか。今回のように首相の一存で衆院を解散する行為は「首相の専権事項」とも「伝家の宝刀」ともいわれてきた。その権限についても疑義の声があがっている。1990年代の「政治改革」から四半世紀、いったいこの国の政治はどこに向かっているのか。総選挙を前にいま一度、政治改革の功罪と政党政治の行方を考えたい。今回話を聞いた一人は、有識者会議などのメンバーとして政治改革に大きな役割を果たしてきた元東京大学総長の佐々木毅氏、もう一人は細川護熙政権の首相秘書官として選挙制度改革に尽力した元駿河台大学学長の成田憲彦氏。聞き手はジャーナリストの神保哲生氏。(鈴木毅/Yahoo!みんなの政治)

<ダイジェスト動画(10分)(全編は記事の一番下に掲載)>

——安倍首相が28日召集の臨時国会冒頭で衆院解散を断行するということで、永田町はすっかり浮足立っています。今回の解散をどのようにご覧になっていますか。

佐々木 1990年代に政治改革に取り組んでいたころは、首相の解散権などついぞ議論したことがありませんでした。衆議院の解散は憲法に定められた事項ですが、われわれが政治改革で取り組んで実現した公職選挙法や政治資金規正法(の改正=いずれも94年に成立)といった「法律レベル」を超えて、いよいよ「憲法レベル」の話に取り組む時期がきているのではないでしょうか。私個人としてはもう疲れたので、ぜひ次の世代にがんばってもらいたいと思いますが(笑)。

佐々木毅(ささき・たけし)
日本学士院会員・東京大学名誉教授。選挙制度改革、政治資金規正改革などを目指した政治改革法案の成立に大きな役割を果たした「民間政治臨調」や、政党が政権公約を提示することによって国民が政権の選択を行う「マニフェスト」の導入を提案した「21世紀臨調」などにおいて、主査や共同代表として中心的な役割を果たす(撮影: 塩田亮吾)

■「首相の解散権」をどう見るか

——解散権は以前から「首相の専権事項」といわれ、首相は自分の好きなときに解散してきましたが、90年代の政治改革のときには問題になりませんでした。なぜ、ここにきて問題になっているのでしょうか。

佐々木 首相の解散権は、この10年あまりの間にずいぶん「お化け」的に大きな権力になってしまいました。首相がすべての衆院議員をクビにできるという意味で、首相と議員は解散権という一点において100:0の決定的な違いがあるわけです。ある時期から、この権力を使って日本の政治を動かすようになり、政治的な慣行、ノウハウが変化したのではないか。思い出すのは、2005年の小泉政権の郵政解散です。このころから解散権が持つ政治的な意味合いについて、政治家自身の感性、感覚、捉え方が大きく変化してきたんじゃないかと思います。

成田 世界のトレンドとしては、解散権は制約される方向にあります。たとえば、第二次大戦後のドイツでは、解散できるのは首相信任案が否決された場合などに制限されていて、イタリアでも首相は解散権を持たず、政治にはかかわらない中立的立場にある大統領が判断します。よく引き合いに出されるのが、2011年にイギリスで成立した「議会期固定法」なんですが、これはまさに首相の解散権を否定するもので、不信任案の可決か、下院の3分の2以上の賛成などがなければ解散できない。イギリスでは6月にEU離脱問題をめぐって総選挙がありましたが、これはメイ首相が下院に動議を提出して支持を得たから解散したのです。

成田憲彦(なりた・のりひこ)
駿河台大学名誉教授。国会図書館調査局政治議会課長などを経て、1993年、細川政権の首相秘書官に就任。現行の小選挙区比例代表並立制導入に尽力。野田佳彦政権では、内閣官房参与として、政権の運営や選挙制度改革などについて首相に助言(撮影: 塩田亮吾)

——首相が一方的に解散できるわけじゃないと。

成田 日本では一応、建前上は「内閣の助言と承認」(憲法7条)による解散なんですが、実質的には首相が自由に解散できます。これができるのは先進国の中で日本だけです。憲法学では「裁量的解散」と言いますが、今回は「裁量的」というよりも「恣意的」といったほうがいい。消費税を10%に引き上げる増収分の使い道を変更するというのなら、まずは国会で議論をして支持を訴えるべきです。それが、いきなり冒頭解散というのは、なぜ解散をするのか極めて大義がないと思います。

神保哲生(じんぼう・てつお)
ジャーナリスト、ビデオニュース・ドットコム代表。1961年、東京都生まれ。国際基督教大学卒。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信などアメリカ報道機関の記者を経て、「ビデオニュース・ドットコム」を設立(撮影: 塩田亮吾)

——日本では90年代の政治改革以来、官邸や首相に権限を集中させてきた経緯があります。しかし、この解散権については、世界ではそれを制約する傾向なのに対して、日本ではそうなっていない。首相の権力が強すぎるという指摘も出ています。この差には、どういう背景があるんでしょうか。

佐々木 平たく言えば、日本人は「選挙を頻繁に行う民主制は、頻繁に行わない民主制よりもいい民主制だ」と思っている可能性があります。頻繁に国民の審判が下るのが、いい政治なんだと。おそらくメディアの中でも、そういう感覚があると思います。その意味では、頻繁に選挙をやることが国民の関心を満足させる面がある。

 しかし他方では、選挙で選ばれた以上は任期の間に仕事をして成果を出すことも重要です。最近、力説しているんですが、結局、政治の時間軸が非常に短くなっていて、政策が実施にまで移る時間的余裕がない状態を政治自身がつくりだしてしまっている。日本の政治は、どんどん目先の政治に変わってきているのです。さらに選挙ともなれば、国民の耳にやさしい“サービス”を語らなくてはならず、必ず財政赤字が増える。政治全体のあり方として、この問題をじっくり考えなければならない時期にあると思います。

「日本の政治は、どんどん目先の政治に変わってきている」と語る佐々木氏(撮影: 塩田亮吾)

■小選挙区制を導入した「政治改革」は失敗だったのか

——お二人は、94年に成立した公職選挙法や政治資金規正法(の改正)など政治改革4法をはじめ、まさに日本の政治改革の中心的な存在でした。その流れの先に、たとえば2014年5月に内閣人事局が設置されたことで、官邸が事実上、公務員の幹部クラスの人事まで握るようになり、その結果として官邸機能が強化された今の政治があります。そうした現状も踏まえて、一連の政治改革をどう評価していますか。

佐々木 評価と言ってもいろいろな側面がありますが、一つは、政治全体の透明性を上げるという目的はかなり達成したんじゃないでしょうか。それまでの中選挙区制では、同じ政党の候補者同士が、なにをめぐって争っているのかよくわからない状況で、いわゆる“バラまき”がものを言う選挙をやってきました。有権者にとっても、政治家にとっても、「政策選択」という意識が育ちにくい環境でした。

 その意味で、とりあえず政策についてそれなりの選択肢を出す選挙が確立した。そして、同じ政党の候補者が同じ場所で争うことがなくなったことで、政治から余分なエネルギーを解放した。これが政治改革の基本的な成果じゃないかと思っています。

1993年8月、日本新党発足から1年で細川護熙氏を首班とする非自民連立政権が誕生した(写真:Haruyoshi Yamaguchi/アフロ)

 もちろん、政策のレベルや成熟度、さらには政治資金制度の不備などいろいろな問題は残っていますが、いちばん大きな問題は「政党」でしょう。党をどう組織し、意思決定の仕組みをどうつくるかについて、日本の政党は準備が足りなかった。われわれは「個人から党へ」をキャッチフレーズに政治改革に取り組んできました。政治資金規正法では政治家個人への企業・団体献金を制限し、政党助成法で国が政党に対して税金で交付金を助成する仕組みをつくった。公職選挙法では小選挙区制を導入しました。これによって、おカネも政策も個人から政党に動かしましたが、その移された政党のほうが受けきれず、いまだ迷走している状態が続いている。

 つまり、制度と政党とのギャップの問題が解消されないままになっていることが、いろいろな問題が生まれる一つの原因になっているのではないでしょうか。

成田氏は「90年代の政治改革は、歴史の必然だった」と力説する(撮影: 塩田亮吾)

成田 90年代の政治改革は、歴史の必然だったと思います。その時代までに政治に求められた役割と、それ以後に政治に求められた役割はまったく変わった。それまでの政治は、自民党の一党政権、派閥政治、族議員政治、個人後援会、地盤型選挙、そして利益誘導です。一言でいうと高度経済成長期の政治、つまり経済成長の果実の政治的分配が最たる機能でした。そこでは中選挙区制が最も適合した仕組みで、議員は自分の選挙区に予算、補助金を引っ張ってくる。それぞれが選挙区内の農業、商工業、建設業などを代表し、多元的できめ細かな配分をする、ということです。

リクルート疑惑での家宅捜索を終え、ダンボールを運び出す捜査員。労働省で。1989年2月撮影(写真:読売新聞/アフロ)

 ところが冷戦が終結し、右肩上がりの経済が終わると、グローバル化の時代において今度は政策選択、政権のフレームワーク選択が政治の役割になった。そして、社会保障はどうするのか、消費税はどうするのか、つまり国民に負担をどう分配していくのかということが政治に求められる機能になったとき、中選挙区制をベースとする政治が適応できなくなったのです。リクルート事件(1988年)などで政治とカネの問題が浮上したことも、政治改革の機運が高まるきっかけになりました。それを日本政治の大きな転換の好機としてとらえたのが、故・後藤田正晴さん(元官房長官)であり、小沢一郎さん(自由党代表)でした。

「政治改革後の歩みを見て、計算違いは無かったのか」と問う神保氏(撮影: 塩田亮吾)

——中選挙区制の歴史的な役割が終わり、新しい制度が導入されました。でも、それが本当にいま機能しているのかどうか。94年の政治改革では、小選挙区制を導入して二大政党制を目指し、政党へ入る資金の管理を厳しくしました。一方で、結果的に党にかなりの権限を集中させたことで、例えば、自民党では執行部に対して反論ができない、党内民主主義がなくなったとも指摘されます。政治改革を構想したお二人にあえて聞きますが、改革後の政治の歩みを見て、計算違いや想定外はありませんでしたか。

佐々木 政権交代については、われわれも必ず起こると考えていたわけではなく、少なくとも、国民が判断し自らの責任で選択肢を選ぶというのが大前提でした。ただ、ここまで「強風」が吹く選挙が続くとは予想していませんでした。

 また、09年に政権交代が起きて民主党政権ができたときも、本当にちゃんとできるのかなという不安はありましたが、実際、その心配が露呈してしまいました。権力を掌握した政権が毎日、内輪もめを繰り返していたのです。内部闘争によって政党イメージは大きく揺らぎ、いい話は一つも聞こえてこない。こうした状況は、誤算と言えば誤算でした。

「ここまで強風が吹く選挙が続くとは予想していなかった」(佐々木氏)(撮影: 塩田亮吾)

成田 94年の政治改革から09年の政権交代まで、15年で5回の総選挙を要しました。政治改革は1回やれば終わりではないので、問題が出てくれば直していけばいいと思っていました。たとえば、国民が比例区の復活当選にこれほど強い拒否反応を示すことも、右に左に振れ幅がこんなに大きくなることも想定外でした。ただ、さらに想定外だったのは、民主党政権があんな体たらくだったということ。そして、その失敗の後、安倍さんが何か口を開けば、民主党をコケにして、徹底的なレッテル貼りを繰り広げる状況が待っていました。

 でも、政権交代で実現したものは、実はものすごく大きい。いま「人づくり革命」と言っていますが、これは民主党政権の「コンクリートから人へ」と同じ。教育への投資もそう。民主党政権がやった資源配分の変更は大きな影響をもたらしました。ところが、いまの民進党は、その成功・失敗の総括ができていない。いま安倍さんが「安倍一強」と言われて成功している理由は、第一次安倍内閣で大きな失敗をしているからです。いったん野党になった自民党は、徹底的に反省点を踏まえて政権を維持しているのです。

「政治改革は1回やれば終わりではない。問題が出てくれば直していけばいい」(成田氏)(撮影: 塩田亮吾)

■日本には「二大政党制による政権交代」は馴染まないのか

——自民党はもともと中選挙区制の時代から、政権を担うためにかなり政策的に幅を持っている集団です。対する野党は勢力を結集しようとすると、自民党の幅が広いため、どうやっても意見がバラバラにならざるを得ないようなところがあります。そう考えると、そもそも反自民勢力を“寄せ集める”ことは可能なのか。その難しさは、ある種の日本の政治の仕組みになっているのではないか。つまり、自民党と反自民で政権交代する二大政党制は、そもそも機能しない制度だったんじゃないかとも考えられます。

佐々木 少なくとも、われわれが政治改革に取り組んでいたとき、日本が宿命的にそのような構造になっているとは考えていませんでした。政権交代が実現するかはやってみなきゃわからないけど、冷戦の崩壊などいろいろな大きな構造変化の時期にあった日本には、いままでとは違ったチョイスがあり得るのではないかと考え、国民が選ぶ権利、機会を与えられるのは当然だと思っていました。

 これからも大きな構造変化は確実に起きるでしょう。ただ、政治改革から四半世紀たちましたが、特にここ数年をみると、政治スタイルが非常に伝統回帰型になっている印象がある。政策についても「昔懐かし」型の政治のあり方に回帰しているように見える。政治改革を議論した当時にあった、日本の政治を変えよう、国民も一緒に変わろう、というエネルギーがいま社会の中にあるかというと、かなり危機的な状態じゃないかと心配しています。

「政治改革が目指した二大政党制での政権交代。日本では機能しないという指摘もあるが」と問う神保氏(撮影: 塩田亮吾)

——90年代の政治改革にはエネルギーがあったということですね。

佐々木 いわば「熱病」のようでした。やはり政治家が動かないと物事は実現しません。いまの日本社会の雰囲気からすると、よくあれができたなと思います。改革は失敗だったという意見もあるようですが、「じゃあ、次をぜひやってください」と応援歌を贈りたいですね。

 私としても現状の、まず動かない中核(=自民党)があって、ほかは周辺的な勢力(=野党)だという状態が、日本の将来にとっていい構図なのかというと、かなり疑問です。特に国内政策は、人口減少の問題にしてもなんにしても、明らかに呑気すぎる。日本に二大政党制は馴染まないなどという「日本不変論」を聞くと、国民はとんでもない引き金を自分で引いているんじゃないかという気持ちになります。

「政治改革のエネルギーは熱病のようだった。やはり政治家が動かないと物事は実現しない」(佐々木氏)(撮影: 塩田亮吾)

■「安倍一強、安倍一強」みたいな話ばかりでは情けない

——結局、「安倍一強」と言われる状況が生まれたのは、ある種、民主党政権の失敗の後遺症のような一時的なものなのでしょうか、それとも政治改革の制度から生まれた根深いものなのでしょうか。

成田 一連の政治改革で常に「安倍一強」のような状態が生まれているわけじゃないから、いまの状況をすべて政治改革が原因だと結びつけるのは短絡的だと思います。制度的な問題ではないでしょう。自民党政権でも「1年内閣」もあれば、「ねじれ国会」もありましたからね。だから、90年代からいろいろな改革が行われてきて、その結果としていまの状況が生まれたのだと思います。

 「安倍一強」の理由は、かつて強かったプレーヤーたちがみんな牙を抜かれてしまったということでしょう。一つは野党、そして官僚。森友・加計学園問題を見て思うのは、官僚があれだけ政権を守るために自己犠牲をすることは、かつての時代では考えられないことです。極端な政治主導に振れた結果です。もう一つ、牙を抜かれたのがメディア、そして労組。これは日本の大きな政治システムの設計の問題であり、多元的なプレーヤーがそれぞれの役割をきちんと果たせる仕組みを考える必要があると思います。

「いまの状況をすべて政治改革が原因だと結びつけるのは短絡的だ」(成田氏)(撮影: 塩田亮吾)

佐々木 「安倍一強」は一つの兆候です。政治改革以来、権力をある程度集中させる方向で制度がつくられてきた。それを「リバランス」させる、つまり新しい形のバランスを取ることが、国政上の大きなテーマとして課せられているのだと思います。そういう議論をもっと多面的にやらなくちゃいけない。たとえば一例として、個人的には政府の行政権をチェックする機構、機能を憲法の中でもっと強化することを考えるべきだと思っています。首相の解散権の問題も、憲法問題としてもっと活発に取り上げないといけない。権力の集中をどうコントロールするかという問題が、今後の政治改革の大きなテーマになると思います。

 また、裁判所や司法権もいまのままでいいのか考えるべきだし、二院制の問題もある。世界で強権政治の傾向が広がっている現状を見ても、明らかに民主政は総点検の時代に入っています。ただブツブツ言ってくすぶっているだけでは、どうにもならない。安倍さんが憲法問題を提起するのであれば、もっといろんな角度から活発な憲法論議があってしかるべきです。国会が主導すべき改憲問題が安倍さんに言われて動くようじゃみっともないわけで、国会主導で「果たしていまの体制でいいのか」という議論が、議員たちの間から起こらないのは不思議なことです。世間では、安倍一強、安倍一強みたいな話ばかりしてるというのも、まことに情けない話だと思いますね。

「世間では、安倍一強、安倍一強みたいな話ばかりしてるというのも、まことに情けない話だと思います」(佐々木氏)(撮影: 塩田亮吾)

——ただ、権力者自らがわざわざ権力を制約するような制度を作ろうなどと言い出すことは、とても期待できません。

佐々木 やはり正面から「バトル」をやる覚悟がないとできません。バトルをしないで、自ずと自分に都合のいい制度ができるなんていうのは、もともと甘い。放置しておくと、どこまでも事態は動いてしまいますよ。

1993年11月、政治改革の実現を求める緊急国民集会(政治改革推進協議会、民間政治臨調の主催)で同席した細川護煕首相(右)と河野洋平自民党総裁。(写真:読売新聞/アフロ)

成田 司法・裁判の問題は「リバランス」という意味では、ものすごく重要です。アメリカのトランプ大統領は公約で移民や難民の入国制限を掲げましたが、裁判所が憲法違反だとしてストップさせました。民主主義は「多数の支配」の一面がありますが、それが過剰でないかチェックして自由を守っているのが裁判所なんです。欧州では第二次大戦後、ドイツもイタリアもフランスも憲法裁判所をつくった。国民が選んだ議員が議会でつくった法律を、憲法に照らして判断し、場合によっては「無効」にすることができるのです。日本では一応、最高裁がそれをやることになっていますが、まったく機能していません。

「民主主義は多数の支配の一面があるが、それチェックし自由を守るのが裁判所だ」(成田氏)(撮影: 塩田亮吾)

■絶えざる政治改革が必要だ

——一方で、いま日本では人口減少や財政赤字の問題など、明らかに大きな国家的課題があるのに、なかなか取り組めない状況があります。これだけ政治権限が集中しているのに有効な手立てが打てないのは、なぜですか。

佐々木 政権を失いたくないからですよ。やるべきことはやるという政治は当然、不人気になる。でも、ギリギリのところで有権者は、これはやらなきゃいかんと思って支持する。私は正直なところ、そんな政治のイメージを期待して政治改革をやってきたわけですよ。「あれもやりません、これもやりません、いままでどおりです、支持してください」なんていう政治を、いったい何十年続けていけるのか。いま明らかに転換点にきています。

 少なくとも2020年以降、もう待ったなしになることは間違いない。負担を求めない政治は、あと数年しかない。いままさに大きな滝の前にボートがだんだん近づいているようなイメージです。全員が落ちれば、誰も損をしない。みんなで一緒に落ちれば怖くないという政治に対して、国民はどういう評価を下すのか。安全なボールしか投げないような政治を何年続けていても、政治の質、体質は変わらないし、何よりも有権者が変わりません。

「明らかに大きな国家的課題があるのに、なかなか取り組めないのはなぜか」と問う神保氏(撮影: 塩田亮吾)

——そうした大きな問題に取り組めるようにするため、どのような制度にしたらいいのでしょうか。

佐々木 それは難しいですね。選挙制度をもう一度いじる、ということであれば、これはまだちゃんと議論したこともないんだけど、小選挙区制にフランス型を入れてみたらどうかと思います。2回投票制で、1回目で過半数を取るか、該当者がいなければ2回目で上位の決選投票をして当選者を決める。つまり、投票の回数を増やして選挙の期間を延ばすことで、有権者にじっくり考えてもらえるし、政治家にも政党にも考えてもらう。もちろん定数や、小選挙区と比例区の重複立候補の問題など、いろいろな問題が出てきますが、要するに一発勝負で極端に動く日本の政治をなんとかしなくてはならない。「風」が吹くとしても、1~2週間考えた上での「風」であれば、一晩考えた「風」よりまだいいかもしれない。

成田 その点、世界の先進各国がここ10年くらい、いかに政治改革をやり続けているか。いま世界共通のトレンドは、1票の格差縮小や野党の権限強化などによる議会の民主化の拡大です。そうした民主主義の底辺を拡大する改革と、官邸の権限強化などによるリーダーシップの強化という両方の改革が同時に進んでいます。日本では、政治改革はもう90年代にやりましたから、で終わっている。改革すべきことはいっぱいあります。戦後日本の統治を担当し、日本の統治機構の問題点を知り抜いているはずの自民党が、統治機構の改革についてまったく提案をしないのであれば問題です。いま私が、言いたいことをテレビ番組風にフリップにまとめるのであれば、「絶えざる政治改革を!」と訴えたいですね。

(撮影: 塩田亮吾)

<インタビュー動画・全編(95分)>

■佐々木毅(ささき・たけし)
日本学士院会員・東京大学名誉教授。選挙制度改革、政治資金規正改革などを目指した政治改革法案の成立に大きな役割を果たした「民間政治臨調」や、政党が政権公約を提示することによって国民が政権の選択を行う「マニフェスト」の導入を提案した「21世紀臨調」などにおいて、主査や共同代表として中心的な役割を果たす。著書に『プラトンと政治』(東京大学出版会)『政治の精神』(岩波新書)『学ぶとはどういうことか』(講談社)など。

■成田憲彦(なりた・のりひこ)
駿河台大学名誉教授。国会図書館調査局政治議会課長などを経て、1993年、細川政権の首相秘書官に就任。現行の小選挙区比例代表並立制導入に尽力。野田佳彦政権では、内閣官房参与として、政権の運営や選挙制度改革などについて首相に助言。著書に『日本政治は甦るか』(共著、NHK出版)、『官邸』上下(講談社)など。

■神保哲生(じんぼう・てつお)
ジャーナリスト、ビデオニュース・ドットコム代表。1961年、東京都生まれ。国際基督教大学卒。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信などアメリカ報道機関の記者を経て、「ビデオニュース・ドットコム」を設立。著書に、『ビデオジャーナリズム』(明石書店)、『ツバル——地球温暖化に沈む国』(春秋社)、『PC遠隔操作事件』(光文社)などがある。

■鈴木毅(すずき・つよし)
1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒、政策・メディア研究科修了後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」副編集長、「AERA」副編集長、朝日新聞経済部などを経て2016年10月末に退社し、株式会社POWER NEWSを立ち上げ。

※当記事は、9月21日(木)にヤフーで行われた動画インタビューの内容を、記事用に再構成したものです。

[写真]
撮影:塩田亮吾
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝
動画制作:ユーラシアビジョン

※リンク先が削除されている場合があります。

みんなの投票結果

2017/12/18付け