衆議院議員 |
 |
民主党 原口 一博(ハラグチ カズヒロ) |
|
|
原口 一博議員をウオッチリストに追加します。
他の人への公開または非公開を選択してください。
|
|
|
|
好きな言葉「大忍」 松下幸之助氏から直接いただいた言葉です。志を立て、困難に立ち向かう勇気と結束を教えていただきました。
|
| 生年月日など |
1959年7月2日 50歳 かに座 A型 |
| 選挙区 |
佐賀県 1区 [ 選挙区詳細 ] |
| 政党 |
民主党 |
| 初当選年 |
1996年 |
| 当選回数 |
5回(衆議院5回) |
| ホームページ |
[ ホームページ(外部サイト) ] |
|
|
|
現在の役職
|
| 内閣 |
総務大臣 内閣府特命担当大臣(地域主権推進) |
| 国会 |
衆議院予算委員会委員 衆議院総務常任委員会筆頭理事 |
| 党内 |
民主党「次の内閣」総務大臣 民主党税制調査会顧問
|
| その他 |
北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟 副会長 国連障害者の権利条約推進議員連盟 副会長 民主党市民政策議員懇談会事務局長
|
|
|
略歴
|
|
1966年4月 佐賀市立高木瀬小学校入学。 1972年4月 佐賀市立城南中学校入学。バレー全国3位で、スポーツ賞に輝く。重い肺炎を患い病床生活を余儀なくされたことが、助け合う優しい気持ちを育む。 1975年4月 佐賀県立西高等学校入学。栄城100周年の生徒会長を務め、リーダシップを発揮。 1979年4月 東京大学教養学部文科3類に入学。 1983年3月 東京大学文学部心理学科(第4類心理学)卒業
1983年4月 (財)松下政経塾に、第4期生として入塾。直接松下幸之助氏から薫陶を受ける。人間観を鍛え、志を鍛える。 1987年4月 松下政経塾在学中、佐賀市より佐賀県議会議員に無所属で立候補、27歳で初当選(最年少)。吉野ヶ里遺跡の保存運動に参加。 1991年4月 2期目当選。総務副委員長、文教厚生副委員長、吉野ヶ里遺跡等文化財保存対策特別副委員長、自民党青年局長を歴任。 1993年7月 大坪健一郎先生から後継指名され、中選挙区時代佐賀全県区より保守系無所属で衆議院総選挙に初挑戦も惜敗で次点となる。 1994年10月 愛野興一郎先生のご指導により新進党に入党。
1996年10月 佐賀県第1区より新進党公認で出馬、62,515票で初当選。 1998年1月 新進党解党により愛野興一郎先生らを中心にした国民の声を結党。のちに旧新政党の仲間たちと党を統合し民政党を再結党。 1998年4月 2大政党制を目指して、民政党と旧民主党を統合して新しい民主党を結党。 2000年7月 佐賀県1区より民主党公認で出馬、62,935票で惜敗(次点)。惜敗率で民主党九州ブロック第1位にて2期目の当選。 2003年11月 佐賀県1区より佐賀県1区より民主党公認で出馬、70,271票で3期目の当選 2005年9月 佐賀県1区より民主党公認で出馬、75,449票で惜敗(次点)。惜敗率で民主党九州ブロック第1位にて4期目の当選。 衆議院 衆議院では、これまで、予算委員会理事、逓信委員会委員、農林水産委員、商工委員会委員、文教委員会委員、財務金融委員会委員、内閣委員会委員、財政構造改革の推進等に関する特別委会委員、沖縄及び北方問題に関する特別委員会委員、石炭対策特別委員会理事、国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会等を歴任。 現在、予算委員会委員 民主党 民主党内では、ネクストキャビネット大臣(規制改革担当、人権・消費者問題担当、子ども政策担当)、ネクストキャビネット総括副大臣(行政改革・規制改革担当)、総務局長、副幹事長、政策調査会副会長、独占禁止法・競争政策PT座長等を歴任 現在は、ネクストキャビネット大臣(総合政策企画会議担当)、市民政策議員懇談会事務局長、東京女子医大医療事故被害者支援チーム事務局長、佐賀県連代表、佐賀県第1区総支部代表
|
|
※メッセージ、現在の役職、略歴は議員からの原文のまま掲載しています。
[ 情報提供元:NPO法人ドットジェイピー ][ 画像提供元:時事通信社 ]
|
|
| 採点の推移 |
 |
|
|
|
|
|
上記議員のページを見た人は、以下の議員のページも見ています。 |
|
|